ツバメのチュバ

 

 
土日、仕事だった夫が代休を取った、7月27日(火)のことでした。
お昼を食べに行こうとマンションの玄関を出たところで、 夫が何かを凝視しています。
その視線の先を辿って行くと、5歳くらいの男の子とお母さん。
そして足元には何か黒いもの、それはツバメ。 えっ? ツバメ!?
  私     「あらら、どうしたんですか?」
  お母さん 「それが飛ばないんです、このツバメ・・・」
詳しい事情を聞いてみると・・・。
前日、駐車場の側溝に落ちているところを発見。
カンカン照りの中でぐったりしていたので、取りあえずベランダに連れて行ったが、 今日になっても一向に飛ぶ気配が無いとのこと。 昨日一日、何も食べてないし、何をやっていいのかも判らない、 鳥を飼ったこともなくて途方に暮れている、という話でした。
ツバメは、もう十分に飛べるくらいに成長しています。
クチバシの両脇に黄色い部分がほんの僅かに残っているのと尾羽が短いのを除けば、 産毛もないし、巣立ち雛というよりは若鳥といった感じでした。
飛行中、何かアクシデント(駐車中の車にぶつかったとか?)があって、 側溝に落ち出られなくなり、そこで体力を消耗してしまったのでしょう。
目を閉じ動かないところを見ると、相当衰弱している模様です。
“こりゃ、急いで何か食べさせないと危ないかも”  そう思った私は、気付いた時には、
「宜しければ、私が引き取りましょうか?」
と申し出ていた、とこんな訳なのです。

さぁ、それからが大変でした。 では、写真と動画でご説明していきましょう。

ニョロ系が駄目な方は、ここから先はご注意ください。
虫がそれほど苦手じゃない私も、鳥肌モノの内容です。
涼し〜くなれること、間違いなし!



ミルワームのアップ     ミルワームのパック

まず、夫に、近所のペットショップで 「ミルワーム」  という生餌を買って来てもらいました。
「ミルワーム」 とは、穀物類の害虫、 「チャイロコメノゴミムシダマシ」 の幼虫です。
写真右の入れ物の中に約200匹入っているのですが、 注意書きが読めるでしょうか。
注意 5℃〜13℃の低温(冷蔵庫)で保管してください。 暖かい所では、サナギに成長します。
と書いてあります。ぞぞぞ〜っ!

手の中のチュバ

  「それじゃ、 割り箸でミルワームをつまんでツバメのお口に入れましょか」
なーんて、そんな簡単なもんじゃありませんでした。
第一に、割り箸なんかじゃ、とてもじゃないけどつまめません。
今度は、夫に、近所の薬局まで、 ピンセットを買いに行ってもらいました。(夫はパシリ?)
第二に、ツバメは、まったくお口を開けてくれません。
  「食べないと死んじゃうんだよ!」
  「やだ!絶対お口開かないモン!(という態度)」
  「なにーっ!? だったら強制給餌だ!!」
ところが、インコと違ってツバメのクチバシはぺっちゃんこで、 こじ開けることが出来ないんです。
でも色々試している内に、 クチバシの両端を軽く押すと少し隙間が出来ることが分かりました。
私の担当は、左手でツバメの身体を固定、右手でクチバシを開ける。
夫の担当は、クチバシに隙間が開いたら、 すかさずピンセットでつまんだミルワームを入れる。
と、そういう作戦でいくことになりました。
と・こ・ろ・が・・・、書くは易し、行うは難し。
ツバメは、柚や桃に比べると造りが余りにも華奢で、 手荒く扱ったら壊れてしまいそうだし、 ミルワームは、ウニョウニョ動いて気色が悪く、 ピンセットでつまむのも一苦労。
その上、夫と私、両者のタイミングが何とか合って、 やっとの思いで口の中にミルワームが入っても、 ツバメはすぐに飲み込んでくれないし、ミルワームは逃げ出そうと必死です。


口からミルワームが出てるよ1     口からミルワームが出てるよ2

必死なのは夫だって同じ。
「お尻から入れたんじゃ駄目、出てきちゃう!  頭から突っ込んで、頭から!」
そんな私の指図に、夫は 「うわっ!」 とか、 「気持ちわりーっ!」  などとわめきながら、暴れるミルワームと悪戦苦闘。 自慢じゃないけど、夫は母親から 「オジクソ」 (←おじけづいたクソ野郎ってこと??) と呼ばれているほどの怖がりで、 私が、蛙や蝉を捕まえて目の前にひょいと出したりしようものなら 悲鳴を上げて飛びのくといった、そういう人間です。
どんな状況だったか、どうぞお察しください。
写真は、クチバシからミルワームが覗いているところです。
この状態だとツバメがイヤイヤしてミルワームが飛んで来ます。
で、人間達は大大大パニックに!
だもんで、つつついに私、触っちゃいました。
せっかく苦労して突っ込んだミルワーム、 ぐいぐい指で押し込んじゃいましたよー。
全身総毛立ちました。おえーっ。
そして、「出すでないっ! 飲め、飲むのだっ!」  と叫びながら、クチバシを開かないように持って顔を上に向け、 ゴックンするのを待つのです。
あぁ、我ながらなんて強引・・・。(^_^;

来たその日には、苦労の末、お昼4匹、夜は10匹、 食べさせることに成功しました。
翌朝は、10匹。そして夫は仕事へ出掛けてしまい、さてお昼です。
「やっぱり私一人じゃ無理だ。食べさせられないよー」
チュバとミルワームを前にして頭を抱えていると・・・。
(そうそう、名前は 「チュバ」 になりました。 いつのまにやら、そう呼んでいたので)
あれあれっ? チュバがミルワームを突つき始めたではないですか。
初めは失敗ばかりで、あっちゃこっちゃにすっ飛ばしていましたが (私は悲鳴の連続)、そのうちに、 何とかかんとか自力で食べられるようになったのです。
わーん、助かったよー!(;o;)
あんまり嬉しくて、ちょうど昼休み中の夫に直ちに連絡。
 「イイ事があったから電話しちゃった!」
 「独りでミルワーム食べたんでしょー」
す、鋭い。ちぇっ、驚かせようと思ったのになー。
そうなるとチュバの食欲はかなりのもの。
1日3回、1食に20匹前後は、ぺろりとたいらげるようになりました。
1パックが3〜4日でなくなる計算です。


それでは、チュバのお食事風景を 「動画」 でどうぞ。(気持ち悪いぞ〜)


ミルワームうにょうにょ
ウニョウニョとうごめいているミルワーム。
冷蔵庫から出したばかりは動きが鈍いですが、
室温に戻ると驚くほどの速さで逃げる逃げる。


ミルワームぱっくん1
こうやっていつも上手に食べてくれるといいのですが・・・。


ミルワームすっ飛ばし1
こんな風に入れ物の外へすっ飛ばしてくれることも多いので、 私は1メートルほど
離れた所にしゃがんで、 ピンセット片手に待機してなければなりませんでした。
それもどこに飛んで来るか分からない恐怖に怯えながら・・・。
自分めがけて飛んで来るんじゃないかと、びくびく。
誤って踏んでしまったらどうしようかと、おどおど。


ミルワームぱっくん3
「そうだ! 大きい入れ物にすればいいんじゃん!」
やっと気付いて、植木鉢の受け皿を利用することにしました。
それでも、いなくなっちゃったのが一匹いるんですよ。
わーん、部屋のどこかでサナギになってるんかなぁ。やだなぁ。
なんであんな遠くにすっ飛ばすんだよーっ。チュバのばかたれ!
それにしても、チュバのお腹の中が何十匹ものミルワームで一杯かと思うと、
考える度、ぞぞぞ〜っと震えが走ってしまいます。




●7月31日(土)
この頃のチュバは、日中、 目を閉じたままじっとしていて元気がありませんでした。
部屋の中でも飛ぶ様子は無く、この分じゃ多分まだ無理だろうと思いつつも、 一日も早く自然に返してやらねばと、7月31日の早朝、 車で数分の 「霞ケ浦総合公園」 に連れて行きました。
ビューンと飛んで行ってくれればそれで良し。
もし飛べなかったとしても、広い原っぱだったら危なくないし、 見失うこともないでしょう。
家族と合流させてやれればとカゴをベランダに出しておいたりもしたのですが、 その気配もなく、止む無くこういう選択になりました。

現地に到着してみると、頭上や地面すれすれを他のツバメが飛んでいました。
周囲には、渡りの前に集合し塒(ねぐら)にするという葦原も豊富にあります。
少々不安もありますが、環境としてはまずまずだと思いました。
しかし・・・、結果は駄目でした。
枝に止まらせ長い時間待ってみましたが、 いつまでたってもチュバはただ風に吹かれてるだけ。
仕方が無いので軽く放ってみたら、 ハタハタハタと1〜2メートル先の芝生に落ちていきました。
急ぎ近寄ってみると、両翼と尾の羽をパ〜ッと一杯に広げたままの恰好で 芝生にしがみつき、首だけ持ち上げて、
  「駄目なの・・・」
と、私達を見上げています。
  「やだな、もう! 蛾(ガ)じゃないんだからさぁ・・・」
どうしてこのコは飛べないんでしょう。
単に体力が戻ってないだけで無く、 外見では分からないどこかが悪いのでしょうか。
途中、お散歩中の年配のご夫婦が通りかかりました。
溜め息混じりに私が事情を説明すると、
  「居心地がよくて、帰りたくないんじゃないの?」
と、笑われてしまいました。
あー、困った。
もしもこの先ずっと飛べなかったら、 チュバは一生、カゴの鳥になってしまうの?
まがりなりにも 『日本野鳥の会』 に所属している私。
許可無く野鳥を飼ってはいけないことは知っているし、 “ヒナを拾わないで キャンペーン” の内容も理解しているつもりです。
し・か・し・・・。
夫が夏休みに入る8月6日、もう一度、飛ばしに行ってみる予定です。


●8月6日(金)
この一週間で、チュバは見違えるように元気になりました。
目を閉じていることもなくなり、 飛びついたり羽ばたいたりと活発に動くし、体重も増えました。
そうそう、それと鳴き声鳴き声!
それまでは、ホントに時々、弱々しくひと鳴きする程度だったのが、 ベランダにカゴを出しておくと、お母さんや兄弟を呼んでいるのか、 外に向かって盛んに鳴くようにもなったのです。
そして、8月6日 自然に返す二回目のトライの日。
最後のご飯になるかもしれない朝食は、じっくりと時間をかけて、 今迄の最高、34匹ものミルワームを食べさせました。
たとえ今日一日、虫を捕ることが出来なくてもお腹がもつように・・・。

午前8時頃、「霞ケ浦総合公園」 に到着。
一週間前と同じ場所でチュバをカゴから出しました。
指に乗せ、5分くらいは風に吹かれていたでしょうか。
少し強い風が吹いてきた時、その風にあおられるように、 突然チュバは飛び立ちました。
目で後を追っていくと、チュバはそんなに高くない地上5メートルほどのところを、 初めは霞ケ浦に向かって、そして湖上に出る手前で右に大きく旋回、 緑多い公園の中へと飛んで行きました。
そして最後は、小さな点になって私達の視界から消えていったのです。

「自分でちゃんとムシムシ捕って食べられる?」
「仲間を見つけて、秋には一緒に南の国に渡るんだよ」
「お外へ飛んで行ったら、 もう二度とまきちゃんのお指に乗ることは無いんだね」
「もうきっと会えないし、もしももしも会えたとしても、 チュバだって分からないよ」
こんなことを話し掛けながら、チュバとの別れを惜しんでめそめそしていた私。
正直、このまま飼ってしまおうか、 飼ってしまいたい、何度そう思ったことか・・・。
それでも私がそうしなかったのは、法律がどうのということよりも、 外を見ながら鳴いているカゴの中のチュバが余りに哀れで不憫だったから・・・。
“やはり野におけ、レンゲ草” 野鳥は大空を飛んでいなくっちゃ。
公園でチュバが羽ばたいて行った時、 不思議と寂しさは感じませんでした。
夫と二人、口々に
「良かった良かった」
と言い合いながら、また、
「家に戻ったらベランダにいたりしてね」
と冗談さえ交わしながら、晴れ晴れとした気分で公園を後にしたのです。
けれどこうして今振り返ってみると・・・、駄目ですね。 涙が止まらなくなっちゃった。
チュバは今頃、どこでどうしているんだろう。
元気にしてるんだろか。独りぼっちで心細い思いはしてないだろか。
そんな風に考えてしまうのは、ただ単に感傷からくるものだけではなくて、 実はもう一つ理由があって・・・。
放したものの飛べずに、 車の下やお隣の塀の中などに落ちて見失ったら回収出来ない。
それが怖くて不安で、安全を考え広い原っぱで放鳥したのだけれど、 あんなに飛べるのだったら、 保護された同じ場所で放してやれば良かったと。
そうすれば家族と一緒にしてやれたかもしれないのにと、 今更ながら、ひどく後悔しています。
幾ら一人前に飛べるようになったとはいえ、 まだまだ親鳥から学ぶことも多かったろうに・・・。
果たしてチュバは、独りで生きていけるのでしょうか。
ひょっとして私は、重大な判断ミスを犯してしまったのではないでしょうか。
家の玄関の扉を開けた時、駐車場の上空を、 夕焼けをバックに何羽ものツバメ達が舞っているのを目にすると、 心がしょぼんと縮こまってしまいます。
どうかどうか、どうかチュバが元気でいますように・・・。

7月27日から8月6日まで、我が家に10泊11日滞在したツバメのチュバは、 こうしてたくさんの思い出と写真を残して、私達の元からさよならしていきました。
毎年、春になると日本に渡ってくるツバメ達。
来年からは、この鳥が今迄とは違った姿で私の目に映ることは、 どうやら間違いなさそうです。

(1999年8月記)  




「チュバのアルバム」 はここよ! ピヨピヨ!

  

チュバの8月3日のお昼ご飯、見てみたい?
何だか凄いモノを食べたらしいよ! もぐもぐ。



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“ヒナを拾わないで キャンペーン”

『日本野鳥の会』 では、毎年ヒナが巣立つ季節になると、 “ヒナを拾わないで キャンペーン” というのを行っています。
それというのも、この時期になると、
「ヒナを拾ったんだけど、どうやって育てたらいいの?」
という問い合わせがひっきりなしに 『野鳥の会』  にかかってくるからなんです。

まだまだ自由に飛ぶことが出来ないでいる危なっかしい巣立ち雛を、 路上などで見かけることは、この季節にはそう珍しくないことですね。
そんな時、私達人間は、
「まぁ、大変! 巣から落ちたのかしら? それとも迷子?  保護してあげなくっちゃ!」
そんな気持ちになるものです。
でもちょっと待って!  そのコの側には、たいていお母さん鳥がいるはずなんです。
飛ぶ練習をしてるだけなのかもしれません。

野鳥を育てるのは難しいです。
連れて帰っても、結局死なせてしまうことが少なくありません。
たとえ育ったとしても、自然に戻すのは容易なことではありませんし、 だからといって、野鳥を許可無く捕獲し飼うことは法律で禁じられています。
弱っていたり外傷があったり、そういう様子が見られなければまず大丈夫。
ヒナはその場所にそのままにして、 もしも自動車や猫に襲われるなどの危険な場所だったら、 高い塀や木の枝など安全な場所にとまらせて、 そっとその場を立ち去りましょう。
そうでないと、お母さん鳥はいつまでたってもヒナのところへ来られません。
「保護」 したつもりが、実は親鳥からの 「誘拐」 だった、 なんてことにならないように、何とぞご理解ご協力をお願いします。
と、キャンペーンの主旨は、こんな感じでしょうか。

明らかに保護が必要と思われる場合は、 都道府県鳥獣保護担当部署に連絡をするという規則になっています。 (因みに茨城県は、生活環境部環境政策課だそうです)
実は、チュバがミルワームを食べてくれそうも無い時に、 やっぱりプロにお願いした方が良いと、野鳥のレスキュー関連の本に載っていた、 茨城県の野鳥を診てくださる獣医さんに電話連絡をしたのですが、 何でも現在は担当が変わったとかで別の獣医さんを紹介され、そこでは、
 「まずは県に連絡してください。 担当員が鳥を引き取りに行き、手続きを踏んだ上で診ることになってます。 でも診るといってもウチでもたいしたことは出来ませんから、 その後、専門の施設に移されます。」
というようなことを言われたのでした。
 「こんなに弱っているのに、その上たらい回しにされたら・・・。
 よっしゃ! やっぱり私が何とかしちゃる!」

と、結局は今回のようなことになったのですが、 規則でそうなっている以上、私のしたことは正しくなかったのでしょうね。


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